ベソブログ

日本人として本当に知って欲しい事、考えて欲しい事を伝えるブログ 歴史・政治・思想・音楽・芸術・文学・教育・経済・・・ジャンルなんて関係なし。作家BESOが日々感じ、考える日本人に伝えたい事を伝える。やってるかやってないかはバイブス次第

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第三の眼 the third eye

7つある体のチャクラ。
下から尾てい骨、下腹部・丹田、へそ、胸、喉、眉間・額、頭頂部の7つ。

その眉間・額に有る第6のチャクラ。ここに第三の眼があると言われている。本来人間には2つしか無いと言われている目。それに果たして3つ目があるのだろうか?

イメージとしてこれを見て欲しい。

sandaityuuni04.jpg

幽遊白書の飛影。

ただbesoが好きなだけの人気マンガのキャラ笑。やねんけど考えてみれば第三の眼の持ち主。

妖怪である飛影はまだまだ若い世代だったが妖怪の中でも強くなり始めた。しかし若かった彼は自分の心に驕りが出始めた。そして戦いに次ぐ戦いの日々に心のバランスも崩れ始めていた。そんな日々の中、母親の涙が結晶となった形見を無心に見つめる時間が長くなってきていた。それが癒しとなっていたのだ。

ある時不覚にもそれを無防備に眺めている時間に何者かが彼を襲った。そして大事にしていた形見をその戦いで失ってしまう。それが自分を生まれた直後に産み捨てた母親の形見であることもわかりながら。油断していた自分への戒めと、母親への復讐から飛影はこの涙を探す旅に出る。

探し物をするのに裏の世界でいい方法が有ることを聞いた飛影。よく見える第三の眼「邪眼」を移植することであった。強くなった能力を放棄しなければならず、さらには激痛を伴う施術に迷うことなく決断する。メインストーリーでは「邪眼」によって闇の力を手に入れる事になるが、本来の目的は探し物であった。


と、好きなマンガ紹介はこの辺にしておいて本題に。この世の中にもいろんなものが「視える」人と「視えない」人がいる。科学的に検証されている見るもしくは見えるという現象は目の水晶体で受けた光の刺激を脳で判断し視覚情報としてインプットされる。

しかし、未だ深くその機能が解明されていない松果体という器官が人間の脳にはある。場所は目の奥または額の奥で目の機能を持った脳内の器官であると言われている。もちろんここに光の刺激は行かないのでそこで見ることはできない。のだが、この松果体を自在に機能させる事が第三の眼を開眼させると言う人たちがいる。

一方、第三の眼を「心眼」と表現する人たちもいる。眼が見えなくなった盲目の人たち。彼らは人間が思っている視覚は無い。その事によって見える物があると言う。座頭市という映画しかり、ピアニストの辻井伸行さんしかり。視覚という5感のうちの一つが無くなったことによって他の器官が優れたり、無かった感覚が生まれる。

それを心で視るという表現をする人たちもいる。

要は視覚だけが見る器官というわけでは無いという事では無いかと言いたい。人間は目で見る動物である。しかし、コウモリや深海魚のように眼が機能してなくても代わりの器官を上手く機能させ、ぶつかったりせずに不自由なく生きている存在もある。

そして、神学や様々な教えの中ではよく、この心の眼や第三の眼で視よという教えが出てくる。目に見えるものが全てではないという教訓の意味合いがあるだろう。が、本当に第三の眼で視ろというメッセージもあるのではないかと思う。

あなたは今、目に見えてる物だけが真実だと思い込んでいないだろうか?

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第六感以上

「SIX SENCE」ていう映画がある。第六感が生まれつきある少年は他の人には見えないものが見えてしまう。

俗に言う、幽霊。そのせいで周りからは頭がおかしい子扱いされ、母親も理解してくれず苦しみの中に生きる少年であった。その少年を担当する小児精神科医が彼と真剣に向き合い幽霊や死者との奇妙な関係に迫っていく映画。

人間には5感があると言われている。いや5感しかないと教え込まれてきている。味覚・聴覚・嗅覚・視覚・触覚。ここで出てくるのがそれ以外の感覚「第6感」。

映画では幽霊が見えるのを第6感としているが、それ以外にもあると言われてる。予知夢のように死者以外に未来が視える。人間や動物の体や植物の異常を治せる。意思やイメージをビジョンとして人に見せられる。動物や死者の声なんかが聴こえる・・・

そういったものを含めて5感以外の感覚や能力である第6感以上のナニカ。

いわゆる世間で言われている超能力。身近に言われてる霊視からテレポートやヒーリング。そういった物の捉え方についてちょっと考えてみようと思う。

西暦2014年の現代。それは科学の時代とも言える。科学的に立証された事が全てと言っても過言では無い。しかし、それに真っ向から異論を唱える人達が出てきてる。

そもそも科学とは人間がこれはこうだと定義した話。1+1=2という土台の元に様々な分野において定義づけしてきた学問。100回やれば100回そうなるから正しい。という発想。

この科学によって教育は組まれ、ビジネスが成り立ち、今の現代社会が回っている。でもそこには裏側があるとその人達は言う。


第6感において言うと実証される証拠を出すのは難しい。5感でさえ証拠という意味では難しい。見え方・聞こえ方、味、匂い、感触は人それぞれ違う。色盲・盲目の人たちは聴覚が普通の人より優れてるとも言われてる。

じゃー第6感は何かというと第5感以外の感覚全てである。誰が持っているのかというと全員である。生まれながらに人間にはあるという。ただその感覚が眠っていると。幽霊が生まれつき見える人は生まれながらにその感覚が目覚めている。

臨死体験をしてから霊が見えるようになった人が多くいる。臨死体験とは心配停止やそれに近い状況。つまり死にかけた人等にインタビューしてみると皆似たような経験・感覚を持っていることがわかった。

死んだはずの親類や、天国と言われるような幸福感に満ちた世界。そんな世界を実際に身を持って経験した人たち。その体験を周りに話せば、周りからは白い目で見られる。あの体験はやっぱり夢だったのだろうか?

主観的すぎて科学的に実証することは難しい。けどそれを否定することの方が難しいじゃないかとBESOは思う。


一般に現代の特に日本では超能力やこういった第6感に関しての話は「何をアホな事を言ってんねん!!」とお話にもならない人が多くいる。

逆にその人たちに聞きたい。

何を根拠にそう言えるん?いままで生きてきて説明できひん不思議体験した事一回も無いん??と。

一回でも自分で全て説明できひん出来事があったんやったら、そういう自分の理解できひんことを否定できるほど物事をわかって無いんやで!!と

自分がこうやと考えてる事が何を根拠に言ってるんかをもっかい改めて見直して欲しいと思う。

もしそこで、科学的にそうやから!という答えしか無かったら、もう一度考えてみて欲しい。その考え方が全てなら世の科学者は全てを分かってる全知全能の神になっちゃう。じゃー科学者は今何を研究する事があるんやろう?どっか無意識に科学が全てっていう刷り込みがあるんじゃないかと思う。そして科学は間違わないと。

今までの歴史を見ればわかる通り、エジソンでも持論に間違いがあるしそれを覆される理論が次々生まれてくる。てことはこの世にこれやからこうやっていう絶対は無い。

学校で教えてもらってる事は間違いない。

なんて事が有りえる訳がない事の方が間違いないと思う。

その中で自分が自然に信じられるのはこれや!っていうのを持てばいいんやと思う。そしてそれが間違いやと気づけば改めて違う持論を持ち直してもいいと思う。誰にでも失敗はあるんやし。

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