ベソブログ

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舞い降りるもの、立ち昇るもの

様々なものが落ちて来て、天に帰っていく。今回はその一つ一つを考えてみようと思う。

まず落ちてくるもの。自然界の物としては、雨、滝、雪、光、・・・。

地面や海・河・湖から水蒸気が上がり、空の基本の低さで雲が出来また水として落ちてくる。自然のサイクルの一環として毎日これが繰り返されていく。そのサイクルが何度も何度も繰り返され地球の表面を形作る。

雨は恵みの雨とも言われ動物に飲み水を与え、植物にも成長の要素として育ててくれる。時として舞い降り過ぎて洪水などの自然災害も生み出す。雪はさらに自然災害を生みやすく雪崩や交通麻痺も起こしやすい。その分雪解け水は普通の水よりも美味しく重宝されるものとなってくれる。

そして光。これは太陽からの恵み。全ての生命に明かりを灯し生きていく為の全ての原動力となる。動物は光によって見ることが出来、植物は光合成ができる。太陽からの光線によって地球に温度がもたらされ動植物が生きていく環境が整う。つまり光が舞い降りなければ今の生活どころか地球そのものが成り立た無い。そのぐらい重要なもの。しかし、その恩恵を感じ、感謝するという機会は日々の生活ではあまりない。太陽神へ感謝するという宗教儀式が一部ではあるかもしれないが。

そして上がっていくもの。自然界の物としては、水(水蒸気)、空気(上昇気流)・・・。今思いつくだけではほとんど無い。

つまり自然とは基本的に上から降りてくる物ばかりである。ニュートンが発見したと言われている万有引力の法則。全ての物は地球の重力に引っ張られ上から下へ降りるという話。

何かが上に昇っていくというのは自然には発生しにくい現象であるという事。

ここで自然界以外に降りるもの、昇るものを言葉として見てみる。
舞い降りる、龍、神、生命、アイデア、エナジー・・・
立ち昇る、龍、ロケット、登山、エナジー・・・

ここに書いたのは日本語としての感覚で書き並べた。やはり舞い降りる方が多い。意識や目に見えないものでも舞い降りる方が多い。

意識にも万有引力の法則が成り立っているんでは無いかとも思える。

奇妙な話が両方に出てくる龍とエナジー。伝説の生き物として語り継がれる龍。目には見え無いが普段なにげない会話に出てくるエナジー。天から地球に舞い降り、また天に帰っていく龍とエナジー。この二つの言葉は実は一つのものなんじゃないかとも思う。そして生命。よく子供が生まれた時に「天からの授かりもの」「産み落とされる」という言い方をする。

そして死ぬ時に「天に帰っていく」と言われる。つまり、天からエネルギーとして龍として生命として舞い降りてきて、地球で人間として動物として植物として何かをその人生で行い、また天に帰っていく。その全てはエナジーが関係してるんではないかとこう書いてみると思う。

それは地球の引力から解放されて自然の法則から外れるのか、もしくは別の天の引力に負けて天に引っ張られるのかもしれない。万有引力の法則という考え方を軸に考えれば。

なぜ人は山に登るのだろう?空へ向けロケットを飛ばすのだろう?そこには多くの困難や危険が待ち受けている。登山者には毎日のように遭難者や行方不明者が出ている。ロケットも事故で多くの命が犠牲になっている。という現実を知りつつ人は上に、天に登りたがる。

このエナジーや舞い降り立ち昇るなにかの答えに近づけるからではないだろうか?自然の法則を無視する事によって。なにが待ち受けているのかは行った人にしかわからないのである。「行け、行けばわかるさ」まさにその通りである。

落ちる事、もしくはその重力や引力に耐えながら横の動きをする事は皆がやっている。それが日常生活。もちろんそれだけでも辛い事や困難も多くある。さらにそれに逆らい落ちるはずのところから登ろうとする。そこには計り知れない労力と原動力が必要とされる。

目標に向かってトップに上り詰めるという考え方にしても登るという行為。諦めて下で緩やかな日常生活を送ればいくら楽になるかわからない。

人は生まれ落ち、天に昇り帰っていく。そう考えると何かに昇るために生まれたのかもしれない。

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