ベソブログ

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銀行その1

銀行。

名前の由来を調べると銀行業の元の海外の「BANK」を金銀を扱う所という翻訳で両替屋や為替会社と呼ばれてた。そこに中国語で商業組合やお店の意味合いがある「行」に金銀を扱う店という事で金行・銀行という案が出て来た。当時銀本位性やった事やゴロがいいという事で銀行が定着した。

大きな銀行業務の流れは、預けてくれる人や企業に金利を払ってお金を預る預金、預かったお金に利子を乗っけて人や企業に貸す融資。もしくは金融商品を売る。利潤の元は単純に預かる時に払う金利と貸すときの利子との差額。もしくは金融商品を販売するときの手数料。

まずは預金と融資。

考え方で言うとお金を貸した時に発生する利子が無いと銀行は儲からへんから基本的には融資がまず最初に考えないと行けない出発点。でも貸すからには返してもらうことを前提に貸す。そのために返してもらえる見込みがあるかどうかを審査する必要がある。会社なら業務成績やその業界の景気等で個人なら今までの公共料金や金融業者への支払い等を審査する。貸す事が決まれば、もし病気や天災・事故なんかで返済不能になったときの取り決め。持ってる物や土地を担保にしたり、銀行口座の差し押さえ等。融資金額と返済予定が決まったら融資スタート。

融資を多くするためには貸すためのお金がいる。そのお金を集めるのが預金。大きく分けて2つ。企業や個人から預金してもらう。銀行口座を開設して銀行が金利を預金者に支払ってお金を預けてもらう。いっぱい預けてもらえればその分いっぱい貸せるから少しでも多く預けて欲しい。もう一つは日本銀行もしくは別の銀行から借りる。もちろんこれには利子がつく。日本銀行から借りる時の利子を公定歩合と言いこれによって政府は経済を安定させようとするから結構大事な利子。これが高くなったら民間銀行がお金なくなるからあんまりいろんな会社に貸されへんくなる。これが貸し渋り。

ここで一つ疑問が起きる。預けてもらったお金を別の人や会社に融資する。じゃーお金はどこにあるん??っていう事で銀行には無い可能性が高い。

例えば100人の人が100万円ずつ預けてた。つまり1億円預金額がその銀行には有る。もちろん元々銀行が資本として蓄えてるお金もあるからそれが仮に1億あったとして、銀行には今2億円あります。っていう状況。な、はず。でもこれじゃ銀行はひたすら預金者に金利を払ってマイナスばっかり。例えば1年で5%の預金金利やったら、1億の5%で500万のマイナス。銀行の利益は貸してなんぼ。その2億円のうち有る程度を貸す。例えば1億5千万円を利子年間7%で貸したら1050万円の利子が帰って来る。差し引き550万円のプラスが生まれる。

でも、この時いきなり預金者の半分以上仮に70人が全額下ろしたいって銀行にきたら銀行はどうなるか?ズバリ返せません。。こんな事態が実際に世界でも日本でも起きていくら大きい銀行でも潰れてしまう。会社が潰れるという事は破産手続きしたらその借金は返さなくてよくなるから預けてたはずのお金は無くなりましたで終わり。

って、ならないために最近では吸収合併が多くあって、その客を引き続き維持している。

そんな中に何が言いたいかっていうのは次に銀行その2で。。。

これは俺のオリジナルな銀行論やから異議や修正点があったらどしどし教えて欲しい。

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ユダヤ人と現代

問題はこっから。その「旧約」の中の律法書はモーセ5書とも呼ばれていて、これらを「トーラー」と呼び最重要視している。その5冊の巻頭を飾る「創世記」には神が天地を創造しイスラエル人がエジプトで生活するまでの内容が書かれている。
その頃の人間は死ぬ事の無い霊的な存在で自然との調和がとれた道徳的な存在でもあった。しかし、そこに土の塊からできたアダムとイブの男女を作り邪悪な蛇の登場によって神と人間と自然の調和が狂い始める。
そこで神は怒り、大洪水を起こす。そして生き残った者の中に信仰心の強かったアブラハムという人物を見つけ民族の父として子孫繁栄を彼に約束する。飢饉からの避難という事で神の計画によりエジプトに移住し、ここからユダヤ人のエジプトでの生活が始まる。

トーラーの2巻目は「出エジプト記」。それはユダヤ人がエジプト王ファラオに奴隷として虐げられているところから始まる。そこで神はモーセという人物を指導者に選び、ファラオの独裁であるエジプトからの大脱出をさせる。そして彼らは逃れる為にシナイ山へ向かう道中で、貧困や自然の猛威等の数々の危機をモーセを介した神の奇跡を目の当たりにする。シナイ山にたどり着いた一行。神はここでかの有名な「十戒」をモーセに授ける。そして「十戒」を刻んだ石板2枚を契約の箱に入れ、モーセに安置するよう命じ、約束の土地カナンを目指しまた旅に出るのであった。この神とモーセの対面による「掟」の授与こそがユダヤ人が他民族から迫害される要因の一つとされている。逆にその迫害にも屈しない精神的強さの秘訣でもあると言われている。

こういったユダヤ人の起こりが記されている歴史的書物「旧約聖書」。もちろんこれは39冊も有る中でのたったの2冊。それも簡単に要約した内容。ここからはユダヤ人に新たな王が生まれ、過ちを犯し、また新たな王が生まれるという話。

ダビデ王の時代にはユダヤ王国とされる強大な国家イスラエルを築き上げた。紅海からチグリス川・ユーフラテス川までに及ぶ大きな国であった。ソロモン王には最盛期を迎える。聖地エルサレムに神殿を建て国際社会でも大きく貢献する。しかし異邦人の女性に対しては欲望を忘れる事が出来ず神を忘れてしまう。彼の死後内部分裂が起き、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分かれる。しかしイスラエル王国はアッシリア王国にユダ王国はバビロニア帝国に侵略され崩壊しかつてのユダヤの民は各国へ散り散りになる。ユダ王国ではその後もユダヤ人を捕虜としてバビロンへ連行される。これをバビロン捕囚と呼んだ。ソロモンの建てた神殿からも多くの財宝を奪われユダヤ王国としては事実上壊滅する。

それ以後も「聖書の民」は「世界を移動する民」と呼ばれるぐらい民族的な大移動を繰り返していた。離散と再集合を重ね様々な土地へ移りながら約束の土地を目指す。バビロニア帝国がペルシア帝国によって滅ぼされバビロン捕囚は解放される。そして再びエルサレムへ戻り第二神殿を建設した。しかし疲弊しきっていたユダヤの民には神への誓いやモーセの「十戒」は過去の遺物という認識が広まりつつあった。ユダヤ中興の祖エズラ・ネヘミヤの熱心な布教により、眠っていたユダヤ教徒の信仰心が覚醒し、再びユダヤ教徒の勢いは盛り返す。

がしかし、セレウコス朝が現れユダヤ教徒を再び支配する。これに抵抗したハスモン家は見事支配から脱却しハスモン朝を築き上げかつてのソロモン朝と同じぐらいの規模を誇るユダヤ国家を建国した。当時ギリシャの影響を強く受けていたが、言語や文化も排斥し、モーセの律令をもとにしたユダヤ文化を堅持した。

しかしこれがユダヤ国家最後の独立国家となってしまう。当時のローマ帝国によってイスラエル再建は阻まれ再び捕虜として迫害される。そしてこの頃イエスが生まれ。イエスを断罪したユダヤ人としてさらなら迫害を受ける事となった。つまりこれが今から約2000年と少し前の話である。

そして2000年と少したった今でもユダヤ人という民族は生き続けている。その要因はいろいろあると思うけど、ユダヤ人である事を心から願えばなれるという血族に縛られない概念。さらに、経済や政治においての考え方が洗練された形として継承されている点。

迫害を繰り返されていたユダヤ人は情報の価値というものを人一倍大事にしていた。インターネットが発達する遥か前から情報産業に目をつけていた。さらに経済での理念としての金融業の基礎が彼らにはあった。同胞意識の高いユダヤ人はお金を貸す事にかんしてルールがあった。それは「トーラー」によるものでいくつか例を挙げると

 外人には利子を付けていいが、同胞には利子を付けて貸し手はいけない。
 7年ごとに負債を免責しなさい。さらに取り立てをしていいのは他民族つまり外人のみで同胞からは取り立てて はいけない。

など、同胞を守る意識が高い。さらに、
 担保を取る為に言えに入ってはいけない。その者が家から担保自ら持って来るのを待ちなさい。
 貧しい人々から搾取してはならない。賃金を支払う場合は日没までに支払わなければならない。それをあてにし
 てるのだから。

慈悲の精神も高い。しかし、この前半部分が現代の経済・メディアに色濃く顕著に表れている。それが今の世界の銀行であり、ハリウッド・テレビなどの映像文化の根底になっている。少し前から再び流行り出した都市伝説。信じるか信じないかはあなた次第です。この内容にも注目すべき事はたくさんある。

それは世界の銀行のオーナーが誰であるか、というこことその銀行がどんな業務をしているかである。

銀行へ続く。 

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