ベソブログ

日本人として本当に知って欲しい事、考えて欲しい事を伝えるブログ 歴史・政治・思想・音楽・芸術・文学・教育・経済・・・ジャンルなんて関係なし。作家BESOが日々感じ、考える日本人に伝えたい事を伝える。やってるかやってないかはバイブス次第

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

合掌

全ては一つでつながっている。

この考え方のわかりやすいものが一番身近にある。それが皮膚。手も足も頭も胸も肩も。全ては1枚の皮膚。ヨガでは合掌をする際に皮膚は一枚でそれが触れ合っている事で温かみや一枚であるという事を感じようという教えもある。場所は違うけど全部自分の皮膚。

shutterstock_74647537.jpg


地球も同じ。日本もアメリカもイスラエルも韓国も中国もアフガニスタンも。全ては1枚の地球の皮膚。地面は動く事が出来ない。出来ない代わりに人や動物が動いて温かみや1枚であるという事を感じられる。全く違う土地、全く違う天候、全く違う文化、全く違う言葉にもかからわず外人と会うと通じる瞬間がある。シンクロとも呼ばれている。

同じアーティストが好きやったり、同じような意味のことわざがあったり、同じような習わしがあったり。一回も会った事ないのに同じ考え方を持ってる人がいたり。その理由の大きい部分にこの地球は1枚の皮膚という理由があるんじゃないかと思う。

もちろん人それぞれ性質・役割が違う。同じ国の同じ家族で育っていても。それとは別で本質的に先天的に持っている魂に宿っている部分。一番わかりやすいのが愛やと思う。子供の育て方、動物との接し方、誰かの為に何かをしたいという思い。この愛がどこから来てるか?それが地球から来てるんじゃないかとも思ったりする。

左足を何かにぶつけたとする。左足が痛い。誰もが次にとる行動は右手か左手でその痛い所をさする。ネパールで大地震が起きる。義援金や支援の人たちが駆けつける。この行動は原理的に全く同じ事が起きてるんじゃないだろうか?

もちろん自分の足が痛いのと、全く関わりの無い国の災害は別物。でももし家族がネパールに住んでいたらどうだろう?友達が住んでいたらどうだろう?遠い国の行ったことも無い国に災害が起きたからとりあえず募金なり義援金を払えっていう意味じゃ無い。地球は一つという感覚を一人一人が持てば幸せになれるんじゃないかな!?ていう話。

友達が楽しいと自分も楽しい。家族が悲しんでると自分も悲しい。嫌いな人が楽しそうやと腹が立つ。嫌いな人が悲しんでるとざまー見ろと思う。これを乗り越えてみんな地球の皮膚と考える事は難しいだろうか?どんなに嫌いでも、腹が立っても同じ地球に生まれた体の一部と。

どっからが自分でどっからが他人。どっからが日本でどっからが外国。それに意味がある部分と意味が無い部分の両方があるような気がするこのグローバルになった世界。それぞれの国が我が我がと経済発展を目指す。奪う前に分け合えばいいのに。土地もお金も。なぜそうなるかは人の支配欲であったり傲慢な気持ちやと思う。

もしお金が100しか無いとすると自分がいっぱい稼いで90手にするとしよう。そうするとほかの人は10をさらに奪い合う。みんな1ずつじゃダメなんだろうか?残りのほかの人の中に家族や友達がいてもそうするのだろうか?右手はめちゃくちゃ健康やけど左手はズタズタでも平気なのだろうか?

全ては1つという事をもっともっとみんなが考える世の中になればと思う。し、願う。これには今まで書いてきた支配層の策略もあったりでこう考えられ無い世の中にさせられてる気がする。一回目をつむって手を合掌して深呼吸して皮膚が一枚という事を感じてみてほしい。

暖かい温もりが自然に体を包んでくれる。

スポンサーサイト
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。