ベソブログ

日本人として本当に知って欲しい事、考えて欲しい事を伝えるブログ 歴史・政治・思想・音楽・芸術・文学・教育・経済・・・ジャンルなんて関係なし。作家BESOが日々感じ、考える日本人に伝えたい事を伝える。やってるかやってないかはバイブス次第

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雄弁は銀、沈黙は金

「speech is silver, silence is golden.」

イギリスの思想家トーマス・カーライルによって広められた言葉。

もともとはカーライルがスイスで見たドイツ語の碑文であったらしい。

意味は、饒舌に喋り言葉で人々に影響を与える事は価値のある事だが、言葉にせず黙っておくべき時に黙る事の方がより大事であるという事。

日本の言葉に、「口は禍の元」「言わぬが花」というものもある。

言語という意思を伝えるツール。相手に自分の考えてる事を伝える一番わかりやすいとされている方法。しかし、その言葉によって誤解や勘違いを生み、問題や事件を引き起こしてしまう時がある。

何事もそうだが、すべての真意を伝えるというのは不可能であると思う。

本当に思っている事を伝えるには、言葉も大事だがそれ以上に態度や雰囲気という部分の方が大事。という事を一言に言う言葉では無いかと思う。

「目は口ほどにものを言う」という言葉もあるように、口以外にも相手に意思を伝えるものがある。しかし、言葉という共通理解するためのツールが世界中で広がった現代。その言葉に頼りすぎてるきがする。

本当に心が通じ合い、相手の考えや気持ちを理解したと思える時は言葉は不要であるように思う。

損や得という意味で口数を少なくしろ、という意味で沈黙は金と言った部分もあると思う。

最近思うのは損や得を通り越して、言葉でない意思の疎通のスキルや能力を上げる時代に来ているのではないかと思う。

グローバルな時代になり、言葉の通じ無い国に行く事が普通となった。トラブルはありながらもなんとか目的を遂げたり、無事に帰ってきたりしている。本当に大事な事が言葉では無いという事の象徴では無いかと思う。

冒険家、植村直己は様々な偉業を成し遂げた。世界5大大陸それぞれの最高峰の山頂到達。犬ぞりでの単独北極点到達。アマゾン川を筏で渡りきるなど世界中のさまざまな人からその偉業をたたえられている。

北極点の犬ぞり到達のためには、犬ぞりの技術をアイヌの人々に教えてもらわなければならない。他の民族と交流の盛んではないアイヌの人々。その人々とのコミュニケーションは大部分が言葉では無かった。

大切なのは本気で挑戦し、諦めない事。そして人に優しく他人を思いやる事。という植村の考え方。マッキンリーの冬期登頂に成功した後、下山途中に音信不通となった。植村を直接知る人たちはその偉業を讃えるよりも、その人柄を惜しむ。あんなにいいやつは他にいない。と。

好きなアーティスト Jimmy Cliff のこの歌を紹介して終わる。
「Action speaks louder than words」


何を言うかも大事やけど、それよりも大事なのは何をしているか。

スポンサーサイト

マネーゲームのルールブック その2

そのお金の総量を考えてみよう。金が鉱山なり砂金から取れる量も増えている。世界中の鉱山を掘り起こしている。特に未開発の地帯であるアフリカなど(そのためにエボラが流行らされたりした)。昔で言うとアメリカのゴールドラッシュ。なぜそんなに金を探すかというとみんなお金持ちにないたいから。

ここからはイメージの話。金が増えている量と、お金が日々刷られている量とどちらが多いだろう?お金が印刷されている様子を想像して欲しい。お金はどこで生まれているだろう?山か?海か?川か?いや印刷工場である。紙に透かし技術と連番機能を埋め込み真っ白の紙からお金を生み出す。

新札発行という謎を一つ取り上げる。今ではほぼ姿を消したが、2000円札。なんのためだろうか?出来た時も今でもみなが思っている。意味あるのか?と。裏にはものすごい意味が隠されている。お金の総量が圧倒的に増えた。今まで無いお金が増え、今まで使っているお金も減っていない。つまり2000円札が増えた分だけお金の総量は増えた。

そしてそれに対する金の量はというと・・・?格段に増えたわけではない。

今、金を探す人は減った。昔のゴールドラッシュで一攫千金を目指し、機材に投資し未開発の不毛地帯に飛び込んで行ったのは一般人も多かったと言われている。もちろん政府関係者もいただろうが。

なぜ今金を探す人が減ったか?

お金が金と直結していないからではないだろうか!?金の存在は無かったことの様になりお金こそが価値を持つ現代。しかし、そのお金でも足りなくなり次のお金の存在として生まれた株。その株は増え続けている。

そして話は最初の問題に戻る。この株価が暴落している。なぜかというとお金と株を刷りすぎたからではないだろうか?

経済の専門家では無いからもちろん細かい実情を正確には把握できない。でもこれは小学生でもわかる算数の話。金に対する価値として生まれたお金が金の量をはるか何倍も何十倍もの総量になってしまえば、仕組みがおかしくなる。

そしてこの今までだましだまし増やされ続けてきたお金というものが世界中で崩壊しかけている。

現代経済の象徴、お金と株。ひいてはクレジットや電子マネー。そのマネーゲームのエンディングが近づいていると警鐘を鳴らす人が多くいる。

もちろん再び世界大恐慌が起きれば事態は大変なことになる。起こらなければ何をそんな無駄な心配をしているのだとバカにされる。でももっと裏側を見てみれば起きる可能性が極めて高いことが見えてくる。

それよりも大事なことはこの世の中をどう生きていくかである。お金に頼りすぎている現代人はお金が無くなると生きていけなくなるんではないだろうか?

一旦冷静に考えてみてほしい。今の一万円が100円に価値になるところを。そして本当に大切なものが何かを見つめなおしてみるいい機会ではないかと思う。

この2015年の9月。経済的にも政治的にも様々な事件が起きると多くの人が訴えかけてくれている。その訴え抱えている専門家たちは本当は起こってほしくないと思っている。しかし、起こる可能性が非常に高いから注意して欲しいと言ってくれている。

起きないことに越したことはない。だが、起きたときに準備ができていないでは困るのはあなたですよと。

このマネーゲームについてルールブックを見直す時が来たのではないかと思う。

マネーゲームのルールブック その1

お金というものの存在ほど人によって解釈が違うものは他にない気がする。

誰もが日常で使い、誰もが求め、誰もが知っているもの。

人間全員が知ってるものというのは世の中にどれくらいあるだろうか?
そんなお金こそ教育という場でどういうものかというのを教えるべきだと思う。

銀行その1の記事でおおかたは書いた。そのお金が今世界的にまた大きな動きとなっているのでこの9月の初めに取り上げてみたいと思う。

今問題になってるのが、株価。そもそもの疑問が、なぜお金の問題が株価の問題になるのか。それはお金を増やす方法に株という実体の無い架空の商品を生み出したのが始まり。

お金の始まりは文字通り、金。鉱山から掘り起こし精製して生まれる自然鉱物の金。光り輝くその物質は誰しもの共通の価値と成り得る存在となった。その金に値段をつけ、その値段に見合ったお金という概念を作り出した。それによって物の交換がしやすくなり交流が爆発的に発展した。

つまり本来お金とは、金との引換券。これを金本位制という。しかし、今の世の中のお金にこの考え方はほとんど残っていない。9割、もしくはそれ以上の人はお金が金の引換券とは思っていない。その背景には今のお金の仕組みを作り上げた人の思惑がある。

金の量には限りがある。なぜなら自然から作られる物だから。自然は有限である。どれだけ人が増えようが科学技術が発達しようが限りがある。しかし、権力者たちはもっともっと欲しい。その欲望は無限。権力者以外の人も同じ。もっと欲しい。そこでやってはいけない考え方が生まれる。金の引換券としてのお金という概念をとっぱらってしまおうと。

今のお金は一言で言うと、借用証書。例えば1万円札なら日本銀行が出した1万円の価値があるという信用が裏付けられているただの紙。本来なら1万円分の金と変える事の出来る紙のはず。だが、今では1万円という価値と引き換えに日本銀行が出した紙を各銀行が借り入れ、それを企業が借り入れる。つまり日本銀行が作った借用証書を銀行に渡し、その証書をお金として使う事で世の中が回っている。

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。