ベソブログ

日本人として本当に知って欲しい事、考えて欲しい事を伝えるブログ 歴史・政治・思想・音楽・芸術・文学・教育・経済・・・ジャンルなんて関係なし。作家BESOが日々感じ、考える日本人に伝えたい事を伝える。やってるかやってないかはバイブス次第

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ジェレミー・コービン

江戸幕府末期。徳川を太陽に人々が生きる時代がようやく眠り始める。日が沈み暗い夜がやってくる。ペリーを始め海外からの圧力がかかり、国内でも紛争が起きる。

闇の夜が明けるように明治という日が昇る。ただただ明治という名前に変わっただけだったが。

多くの猛者がお国の為にとそれぞれの義に従い動乱の世を駆け巡った。彼らは維新志士と呼ばれた。現代では維新の会という政党もあるようだが。開国という課題に、徳川という一大家系政治の終わりに、階級社会の廃止にそれぞれが新たな考えと動きで、新しい日本という国の形作りを始めた。

始めたというよりは生まれた。地球上の全ての存在は生まれ変わる。むしろ宇宙上の地球を含む全ての星もと言った方が正確かもしれない。江戸時代という一人の人間が死に、明治時代という人間が生まれた。出産には大きな痛みを伴う。出血、陣痛、胎盤という母体からへその緒を通じ新たな生命が外の世界へ広がる。

戊辰戦争や西南戦争など相も変わらず多くの血が流れ、その多くの犠牲の上に新たな明治時代という国が生まれた。もちろん明治も今は無い。その時代が長かった遅かったは長生きしたか早死にしたかの違いだけで必ず死ぬ。

しかし、その死に際には多くの英雄が生まれる。時代のあかやひずみが限界に達して救世主を求めるのか、新たな英雄の出現により時代のくすみが浮き彫りになるのかわからない。そしてこの幕末という時代に現れた英雄の一人に坂本龍馬という人物がいた。

英雄とは名が大きければ大きいほど闇もでかい。その背後に控える指揮官の思惑も大きい。その英雄が残した言葉から彼らがどのように生き、どのような時代を作ろうとしたのか察する事しかできない。

ペリー来航に衝撃を受けた龍馬は
「俺は日本人だ」と

誰しもが「俺は◯◯藩の誰々だ」と言ってる時代に。

視野を広く持つという言い方。その捉え方は様々。藩という枠に収まらず、これからは一人一人が日本全体の一個人として考えを持たなければならないという意味ではないかと思う。

その背後の利害関係は今の段階では抜きにしよう。

そしてこの2015年の世界情勢が大きく変わると言われている時代に思う。

「俺は地球人だ」と。

ドラゴンボールの孫悟空のようなセリフ。所詮アニメの世界。しかし、龍馬は言った。現実世界で。

ここで、一人の人物を紹介したい。今の行き詰まった地球の生まれ変わりの鼓動を感じさせてくれる志士。英雄となるのか、逆賊として葬られるのか、またはただの英雄に祭り上げられただけのピエロか。信じれるものは自分だけで嘘だらけの時代に現れた、ジェレミー・コービン Jeremy Corbyn。

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(画像はネットより拝借)

おそらくは世界最強(最凶)の国イギリス。多くの英雄や悪魔が生まれる国。その国にまた大きな人物が現れた。ケネディーやリンカーンの意思を継ぐものと言われる。アメリカの英雄政治家二人になぞられるイギリス人政治家。その背景は金融制度の改革。

政治の根本はやはり経済と外交。経済の核は銀行。外交の中心は貿易。この二つを変えるには大きな痛みが伴う。その中心に今いる者は変わる事によって必ず被害を受ける。そうはさせまいと抵抗する。

が、この二つを正面から変えてやると大声を張り上げイギリスの国会の壇上に名乗りを上げた志士。

中央銀行の廃止、軍事的外交の廃止など、もし本当に成功すれば世界史の中で最も人間らしい革命が起きる。が、こんな絵空事は起きないのが人間史。

だが彼がどのように革命への道を辿り、どのような終着点に落ち着くのかを見届けるのが、現代に生きる「地球人」として大きな一歩に繋がると思う。もちろん日本人として日本の政治を考えなければいけない。その参考のために地球人としてイギリスに現れたジェレミーの思想や行動を見るべきだと思う。

新たな時代の日の出はもうそこまで来ている気がする。どんな夜明けを迎えどんな幸せな1日にするかは誰でもない自分がその1日を送るということではないだろうか。

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外からの力

外からの力

原動力とは自分の中から得るものであるかもしれないがその元には外からの影響を大きく「受ける」のではないか。そしてそれを形に変えて「放つ」という事がこの世で起きている事の最小の単位で、それの繰り返しではないだろうか?

雲の水は冷やされるという原動力で粒として雨に。雨は高い所から低い所へ行き川へ。川は川と肩を組み河へ。河はその勢いから終着点を求め母なる海へ帰る。海は地球の温かみに包まれ水蒸気となる。水蒸気は冷やされ雲になる。

外からの(主に自然の)パワーやフォースに逆らわないのが自然。気候が変わりその土地に水が行かなくなければ川は痩せ河にはならず、砂が友を呼び始める。だからすべての自然現象には自然な理由が整然と現れる。

人間の場合は自然のパワーやフォースを受け入れながらも無謀にも逆らう。その両面こそが人間であり人間たる理由なのかもしれない。水を求め雨の多い地域に定住する。氾濫する河を治めようと堤を築く。

人間はオートマン(自動操縦)である。と言い「放った」科学者がいる。あらゆる事を「受け」行動として「放っ」ていると。その「受ける」外からの力にどれだけ目を向けるか。その外からの力はもちろん人によって違う。だから人には人それぞれの道や航路が人生として繰り広げられる。

水の場合は外からの力に形をトランスフォームする。水滴に、空気に、氷に。動物は形を変えない(長い目で見れば変わるが)代わりに行動を変える。外からの力を受ける専門の器官があるからなのかもしれない。光を目で「見て」音を耳で「聞く」。そしてその受けた力を、形に変え放つ自由な体を持っている。それが腕であり、足であり、体そのものである。その間に入り「受ける」と「放つ」とのバランスを絶妙に保つ特別なものを持っている。それが「脳」。

自然そのものである五行や植物の場合は「受けた」力をそのまま「放つ」。しかし動物は「受けて」から「放つ」までに脳で一旦精査する。そして時間をかけながら「放つ」この時間こそが脳の仕事。

雨が降ると、水は川になるという選択肢で受けた力を「放つ」。植物は一定量吸収し成長して「放つ」。人間は貯水し、飲み水に使ったり、植物を育てたり、洗い物などの生活用水に、と様々な形で「放つ」。

俗に言う単細胞と多細胞の違い。その中でどう生き、どう「受けた」力を「放つ」か。

魚はどんな力を「受け」ようとも泳ぐという方法でしか「放て」ない。もしくは卵で子孫を残すという方法でしか。そう考えると人間は限りなく無限に「放つ」ことができる。

そして「受ける」能力も限りなく広くできる。集音器に耳を傾け聞くことのできる音域を広げる。望遠鏡を覗き遥か宇宙を見る。

しかし、それはあくまでも数値としてデータとして「受ける」。だけである。感じていない。人間以外の動植物のように体で感じているわけではない。「受ける」能力の広げ方としてこの「感じる」能力を高めるという方法もあるのに。今まで見えなかったものが見えるように、今まで聞こえなかったものが聞こえるようになったり、今まで味わえなかった違いを味わえるようになったり。

どのように「放つ」かを広げる事も大事だが、そもそもどのように「受ける」ように自分がなるかを考えるかも大事である。

同じニュースを聞いても、同じ事件が起きても「受ける」人によって考え方・行動が違う。動植物はの場合はほぼ同じ行動をとって「放つ」。その行動が違う理由は「受ける」方法や「感じる」感覚が人それぞれ違うからであると思う。その背景にはどのように育ってきたか。ひとくくりに言うと教育である。だから教育が大事なのだ。

動物の場合、「放つ」方法を間違えれば即、死に直結する。天敵が現れるという事件を「受ければ」すぐに逃げるという行動を「放つ」。そうするしか生き延びるには選択肢がない。

人間には天敵が限りなくいなくなった。「放つ」方法が増えるに従って、「受ける」ことによって「感じる」感覚も多様になる。ライオンを見ても逃げるだけではなくなった。死への恐怖という感覚だけが支配する世界ではなくなった。

もちろん多くの人間は逃げる。しかし銃を作りライオンを殺す、火を起こし追い払う、音を立て脅かすなど逃げないという方法で「放つ」事ができる。

その「放つ」方法が間違っていたとしても人間の場合死ぬ事が減った。本来そうすべきでなくても。それによってその「放つ」方法がいいことであると錯覚することも多い。

自然はサイクル。人間も本来サイクルのはず。サイクルが上手く回るように外からの力が人間に加えられている。しかし、「受ける」方法と「放つ」方法を間違うとそのサイクルの歯車が狂い始める。雲が雨にならず、川がなくなり、河が出来ず、海が干上がってしまう。

人間はその結果が出るまでわからない程バカなのか?そんなはずは無いと信じたい。事実警鐘を鳴らしてくれている人たちが多くいる。環境問題、人口問題、さまざまな問題が爆発する前に。河がなくなる前に。

人間の進み方。進歩・進化。選択肢が多いという事は進み方も多いという事。技術の発展で何でもできる時代になった。だからこそ自分が何をして「放つ」かが重要になってくる。その「放つ」事を考えるとどう物事を「受ける」かを考える事が大切になってくるということは必然。

物事をどう「受ける」か、そしてそれをどう「放つ」かは、限りなく多くある選択肢の中でどれを自分が選びたいかではないかと思う。今まで「受けて」きたニュースや事件を違う角度から「感じて」みてはどうだろうか?

ネーミングの不思議

ネーミングの不思議

名前とは誰が決めるのだろうか?物や存在、概念に名前をつける。それにより人々が共通理解することができる。しかし逆に誤解や思い違いを起こす事もある。

どこがスタートでもどこがゴールでも無い水という存在。風もそう。雲もそう。ただただそれに名前が付いているだけ。人間の都合で。

雲ができ、雨が降り、地下水や池となる。川になり河になり河口が出来、海に流れ出る。水蒸気になり雲に戻る。だが雲がスタートでも無い。一つの水という存在。その水がその時、その場の様々な要因によって姿や形を変える。それを人間が勝手に名前をつける。

モジャコ→ワカナ→ハマチ→メジロ→オオイオ→スズイナ→ブリ。
ブリは言うかもしれない「俺はブリじゃ無い。俺だ」と。

赤ちゃん→幼児→子供→中学生→高校生→大学生→青年→大人→中年→老人。
老人は言うかもしれない「俺は大人だ」と。

名前を決める事で日常の生活は限りなく生活しやすくなった。名前が無いものがあると困るほどに。名前を決める際に重要なのが形。その形をつくる要因になる原動力がそこにはある。

ブリがブリになるには年月と栄養。赤ちゃんが老人になるにも同じ。水が河になるには地形や年月が。形が変わることによって名前が変わる。その形が変わるもとの原動力。

人間社会にも原動力という言葉がよく出る。成功者へのインタビューで何がそこまで駆り立たせる原動力になったのですか?と。答えは様々だと思う。でもその基本にあるのは、その人が何かを感じて想いを募らせ、その想いを形にしたから成功した。

形と想い。想いには名前があり、形に現れるとまた名前が変わる。二人の愛という想いが子供という名前に変わる。一人の憎しみという想いが一つの死体を生み出す。死んでいるにもかかわらず。いろいろな名前の元には人々の想いがある。その想いが単純に便利にするためにただただつけた適当なものでは無い気がする。

では何かを感じたその部分はなんだろう?

それが外からの力では無いかと思う。

四則演算

足し算と引き算。

学校へ行けば必ず教えられる計算と数学。その基礎となるのが、四則演算。足す、引く、掛ける、割る。

世の中にはああ言えばこう言う人たちがいる。定義に反抗したり、駄々をこねたり。合ってるか間違っているかというのは本当にどうでもいいことなのかもしれない。なぜなら、合ってるか合ってないかは自分が決めることだから。その内容に筋が通っているかどうかが重要な問題。そう考えると四則演算はかなりの部分で筋が通っている。という実績がある。

今回は、1+1は2ではなく、1−1は0では無いと言い張る人たちの話。

もちろん物質的に1つのリンゴがあって、それを食べてしまえば目の前にリンゴは無くなりリンゴの数は0になる。誰かにリンゴをあげようとしてもそこにリンゴは0個なのであげる事はできない。

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この計算は四則演算の定義通り。

だが、人生の経験や考え方はこの四則演算通りに行かないという話。

リンゴは目の前から無くなったが、その中身や全ては体の中に入り、自分に取り込まれた。つまり定義通りに行くと自分という1つの個体にリンゴという個体が+1される。つまり2になるはずである。しかし実際にそこにあるのはリンゴを足したはずの1という自分の個体1しかない。つまり1+1は1となる。

こういった問題が四則演算の枠外にあるという考え方を人生に持つべきだという人たちがいる。

そして、そこからさらに人生は足し算だ!いや引き算だ!むしろ掛け算だ!そもそも割り算だ!

という人たちに別れていく。結論から言うと最初に言った通り、自分の中で筋が通っていれば合っていようが間違っていようが何も関係無い。大事なのは自分の中に四則演算を超えたルールを自分で持つということではないだろうか。四則演算が全てでは無いと理解することではないかと。

その中でBESOが最近思う計算を考えて見る。

足し算の不思議。

自分という1の個体には様々な情報や知識や経験がある。仮に全ての知識を得られたゼウスになったとしよう。何を聞かれても、どんな疑問を持ちかけられてもすぐに答えを導き出せるようになると思う。

しかし、その場合ですら自分は1であると思う。生まれたばかりの知識のほとんど無い赤ちゃんも個体としては1。膨大な知識の詰まった博学な老人も個体としては1。ゼウスも個体としては1。つまり、どんなに経験を積もうが知識を詰めようがどこまでいっても自分は1である。知識を1つ1つ数えていけば、四則演算では10にも100にも10000にもなるはず。ひとつひとつの知識が1と数えられるならば。だからリンゴを食べても2にはならず1のままであるという事。


それは個体としてのという意味で、体は1つで、あるとするならば(あると思っているが)魂も1つという事。その1つの個体の質がそれぞれで変わるという意味。


引き算のススメ

1つの個体としての人間1人が、1日に考えられる労力を1だとしよう。朝起きて仕事や学校の事を考え、家族の事を考え、自分の将来や生活にその労力が注がれる。大企業の社長やCEOであっても赤ちゃんでも1を超える事は出来ない。

要領の良い人はその1の使い方の質がいいのだと思う。その質の使い方によって1を100にし、1000にするのだとBESOは考える。「あの社長はすごいな、会社を3つも4つもやって全部大きくしてる。」それはその人の労力が1を超えてるんではなくてその1の質を100やそれ以上にする方法を知っているからだと思う。それは要領の良さであり、容量の大きさではない。

四則演算では労力1を100にするには1に100を掛けなくてはいけない。しかし人生の四則演算は定義通りでは無い。1を100にする為に引き算を使うのである。


仮に家を3つ持ってたとする。1つ目は自分が住む家、2つ目は貸して家賃収入にする家、3つ目は見晴らしの良い避暑地としての別荘。

自分の住む1つの家しか持っていない人からすると考えなくてはならない労力は単純に3倍になる。これは四則演算の掛け算。家賃の問題、固定資産税の問題、光熱費、その他諸々の維持費。貸す家であれば借主を探すという労力なんかも含まれる。別荘であれば、夏場以外の管理人を雇ったり。

ここで、引き算がその人の要領を良さを試す。自分に本当に必要かどうかを問いかける。1つ目の家は本当に必要か?ほとんどの人は要る。しかし、事務所で寝泊まりすれば家は要らないという人は1つ目の家すら要らない。2つ目の家賃収入の家は必要か?3つ目の別荘は必要か?

その判断の基準は自分の幸せとはという定義によって犀が振られるべきである。

家賃収入で自分の好きなことを突き詰めて、夏場には避暑地で自分の生活を快適に過ごす。というライフスタイルこそが自分の幸せであるならそれに1しか無い労力を注ぐべきである。

しかし、そのライフスタイルが自分で見つけた、自分が本当に欲しているものでなく、なんとなく周りの話を聞いたり憧れてやっていることならそれを引くべきである。

その選択は単純に持つか、捨てるかという判断。

この人が仮に一生サーフィンをして人生を過ごしたいと本当に思っているならこのライフスタイルはなかなか理想なものだと思う。家賃収入で稼ぎ、他の人が働いている時間にサーフィンをする。夏場は波のスポットに近い場所に別荘を持ち、すぐに波に乗れる環境を得る。空いている時間に不動産などの仕事する。限りなく理想のライフスタイルだと思う。

しかし、単にお金が欲しかったり、別荘を持ちたいというのであれば、労力の無駄遣いに終わる。1しか無い労力を。

つまり要領の良さとは多くの事を一度にするのではなく、自分の人生を幸せにする為に、豊かにする為に、要らないもの、要るものを見極めるセンスが大事であるということ。

それが手元にあって余計な労力だと判断した場合捨てる勇気のある人が、要領のいい人になっていく。その場合、持っている家は単純に3ー2で1になるが、労力の質があがる。家賃収入や別荘での暮らしは無くなるが。

一例に家の話を挙げたが、これが生活にある全ての事に言える。睡眠、仕事、学校、遊び、その全て。普段はあまり考え無い。が、何かを目指し始めた人はこれをよく考える。なぜなら時間が、労力が足りなくなるから。

いついつまでにこれを作らなければなら無い。これを提出しなければなら無い。となれば否が応でも今すべき事を考える。その際に何かを自分である1から引くという事をしなければ労力1で追いつかな無くなる。寝る暇がなくなるのか、遊んでる暇がなくなるのか、学校に行ってる時間がなくなるのか。

すると、1でこれをするならこれは自分には要らない、これも要らない、あれも要らない。要るのはこれだけ。という考え方になる。そうすれば自分の容量が増えるのではなく、自分のやるべき事でない事が減る。その方法として、従業員に任せるのか、それ自体をしないのか、それとも作業効率をあげる方法を見つけるのか、もしくはその事柄自体を捨ててしまうのか。

その習慣がいろんなところに派生していく。

その究極が食べ物では無いかと思う。米を食べる、野菜を食べる、肉を食べる、水を飲む、お酒を飲む。

体が求めているから体に入れるのか、意識が求めているから体に入れるのか。そして大事なのは体に入れた結果どうなるのか。

もちろん全てを捨て去る事は出来無い。神や仏以外には。なぜなら人間だから。個体としての1があるから。全てを捨て去ると0になってしまう。1があるが故にいろいろな感情が湧き、意識がいろいろなところへ向く。

その1を求めて、引き算を限りなくする事で1が100にも1000にもなるのでは無いかと思う。

ネパール vol.2

ドゥラブは日本語学校を経営していた。ネパールの若者は海外に留学するという選択肢が意外に身近なようである。もちろんみんなが行けるわけではなく経済的に平均以上の家庭のものだけだが。そして日本は人気が高いらしい。英語が第二公用語なので英語圏への留学も多いが、わざわざ日本語を勉強して日本に行きたいという若者が多いらしい。

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日本では留学生もバイトができるというのも、お金を稼ぎたい若者を駆り立たせる理由の一つかもしれない。その教室にお邪魔させてもらった。まさかだったが、尊敬語・謙譲語の授業をしていた
。しかもまだ通い始めて2、3ヶ月だと言う。日本語検定というものがあり、それに出るため必然的にやならければならないらしいが、それでも難しい表現だと思った。日本人の自分でも少し「はっ、」となるような問題である。

しかし、彼らの純粋な気持ちに嬉しさがあった。ネパールは親日な国であると思う。その国の若者たちが自分の生まれ育った国に訪れたいと、大学に通いながら日本語学校に通っている。真剣に学ぶ姿が自分の国の文化や国そのものを褒めてくれているようだった。

だが、ドゥラブは少し憂いてもいた。今の若い者たちは出稼ぎの感覚で海外へ行ってしまう。もちろん海外で稼いでネパールへ送ればそのお金は大きい。だが、ネパールという国を考えた時、本当に大切なのは技術であり生産力である。若いうちに、しっかり学べるうちに、日本の技術をしっかり学び、それを持って帰ることを一番望んでいる。しかし、彼らはやはり今を生きる今のお金が大事なのだ。若者と親父の意見の違い。もちろん若者の気持ちもわかる。だが、もう少し広い視野でこれからのネパールのことも頭に入れて欲しいと。

日本でも同じことが言えると思った。もちろん環境や現状は大きく違う。日本の場合留学する必要は無いといってもいいほど日本国内で様々な勉強ができる。それがかえって若者を平和ボケさせているのかもしれない。教育の制度が悪いのはもちろんだが、それに甘んじる親の教育もあるかもしれない。あるいは自分の人生を、自分の国のことを考える機会が少なすぎるという環境のせいかもしれない。

なんにしろ、このままでは日本という国の質が変わってしまう。もちろん国にしろ人にしろ諸行無常である。しかし、伝統は守り抜き、新しい技術と融合していかなければならない。それが得意なのが日本人であると思う。だが、今のままでは新しい技術や物質に支配され、大切にしてきた伝統や精神世界の深さがなくなりつつあるのでは無いかと憂いている人も多い。親父のぼやきとあしらう気持ちもわかるが、一度真剣に考えてみて欲しい。

今日本では何が起きていて、世界では何が起きていて、その中で自分は何を考え、何をしていくべきなのか。そんなことは考えなくても時間は過ぎる。考えたところで変えられる事は無いに等しいかもしれ無い。むしろ考えるだけ時間の無駄かもしれ無い。考えようが考えまいが自分と自分の家族の生活が一番大切である。それはいうまでもなく真理である。

しかし、一人一人がすこしでもそれを考える事が全体の歯車をかみ合わせる潤滑油になると思う。少しでいいと思う。ほんのひとかけらでもいいと思う。親父のぼやきを、なぜ親父はそう言うのだろうと一度理由を考えるだけでいいと思う。もしそれが自分の中に響けばその先のやるべき事に続けばいいと思う。

インド・ネパールに行って改めて日本という国を知った気がした。高水準で平均年収も高い。皆が一定以上の暮らしを送りやすい国。そのせいで平和ボケもある。今一度自分のライフスタイル、思考を考え直す時だと思い知らされた。

ネパール vol.1

一見カトマンズの町並みはインドのミニチュアかと思った。横の国なので外観はやはり似ている。ヒンドィーと仏教徒の多い街。しかし明らかに人柄は違った。所変われば品変わる。インドよりも発展途上国。もちろん観光客を狙うハイエナは空港に群がる。

一路、カトマンズはタメルに向かう。観光客で賑わうこの街にはさまざまな人がいる。楽器売りがいた。ウクレレの様なもの弾きながら聞いてくれと歩み寄ってくる。もちろんリキシャやトゥクトゥクもいた。西欧人もいた。グラムいくらでどうだ?と言う奴もいた。インドの様な狂騒感はあまり感じない。どこかにゆとりが潜んでいるようだった。都市部ではあるが、ヒマラヤの近さがあるからなのかもしれない。

ヒマラヤ山脈のふもとの高地に住む民族がいる。その民族もネパール人である。その部族の人達は生まれ育った場所のせいか高山病にかからず、また肺活量も平地の人とはそもそもが違うらしい。ゆえにエベレスト登頂10数回という人間が平気でいるらしい。

その街とカトマンズの間にはまた山が現れる。もちろんエベレストほどではない。が、低くもない。そしてその山々の盆地に当たる部分にカトマンズが広がる。

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このカトマンズに舞台を移してからもやはり役者は現れ続ける。まるで俺が来ることを待っていたかのように。インドのミーナから紹介してもらったヒロ。ヒロはドゥラブを連れて俺を迎えに来てくれた。

ヒロは日本人。ひょんな事からこのアジアの歴史と文化と精神に魅了され、この国に住むように導かれた。ヒマラヤには人を呼ぶ力がやはりあるのだろうか?
ドゥラブはネパール人。日本には来た事がないが、日本語はかなりのもの。そしてヒンディーとしてネパールやヒマラヤの歴史を深く勉強していた。その深い知識を日本語で教えてくれた。これこそまさにこの地を訪れた大きな目的の一つだった。まさかこんな形で教えてもらえるとは思いもしなかった。

ネパール・インド・中国・チベットの話。日本ではなかなか聞けない話。それを現地の人の言葉を日本語で聴けるという幸運。もちろん一日二日で全てを聞く事は出来なかったが大筋の話は聞けた。カトマンズという街ができた神話や名前の由来も聞けた。あと、ネパールには宗教間の対立が少ない。実際訪れたモンキーテンプルと呼ばれる猿が多くいる伝統的なお寺では、仏教のお寺なのに中にヒンドゥーの建物もある。そしてお互いの宗教の人が無視する事なく両方にお参りする。日本も神仏融合という他宗教との融合があるが、ネパールも似たところがあった。

多くの部族が集まってできた国ネパール。今でもその部族という色合いは残っていて、公用語はネパール語だが、部族ごとの言葉というのも残っている。その数も10や20ではない。それぞれも部族の言葉は似ているとは言え違うため全ては理解できないらしい。

興味深い部族にグルカ族という部族がいる。19世紀頭にイギリス東インド会社はネパールにも及び領土を奪おうと戦争が勃発する。しかし山々に囲まれた地ではやはり地を理解している現地の部族が有利である。それに加え、格別に強い部族がいた。それがグルカ族。山々で育まれた強靭な肉体と伝統として受け継がれる戦闘技能。ククリ刀と呼ばれる刀を好み、刀術にも優れる。侵略出来なかった理由になるほどの存在であったとイギリスも認めた。認めたあと、何をしたかというと、雇ったのである。その強さをぜひ借りたいとお金を払い傭兵として雇った。今でも存在するグルカ族は今ではグルカ兵と呼ばれ、イギリスのみならずインド・フランスなどの傭兵ともなっているようだ。まさに戦闘集団である。厳密には純粋なグルカ民族だけ血統ではないようだがそのメインはグルカの地をひく者が多いようだ。

とにかくネパールではインドとは一味違う東洋の歴史というものを身に感じた。先ほどのモンキーテンプルはカトマンズを作ったと言われる文殊菩薩を祀っている。その昔湖だったカトマンズに一箇所だけ蓮の花が咲いていた。それがこのお寺のあるところでちょうど丘になっていた。そして菩薩はこの地が綺麗であることを悟り、盆地の東南に水の流れ道を作り湖を盆地に仕上げた。現在でもその川の名残がある。

インド vol.4

朝日と共に目覚める。昇るその光を見たかったが山あいの谷にある街のため地平線からご来光をみることは叶わなかった。しかし、その始まりの空気を感じようと朝からガンガーのそばに一日を始める人が多くいた。とりあえずぐるっと一回り歩く。リシケシという街を歩く。自然と共に生きる街という表現がこれほどまでにぴったりと合う街もそう他にない気がする。牛や馬は当然ながら、サルやロバなども自然にいる。もちろんデリーなどの都市部にもいるが、山に生きる彼らの横に人間もいるという形。

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ニルバーナヨガというヨガを学ぶ。ニルバーナとは日本語で言う涅槃。悟りの境地にたどり着く。人間には限りない欲望がとめどなく溢れる。その欲望を捨て去り今世を無に生きる。生きるとは無であり、無とは生である。というような矛盾を目指す話。

ヨガのポーズといえばすごいポーズを思い描く。しかしそれはあくまでもいろいろな形を追い求め続けた結果。本質的にはその個人個人が自分自身と向き合うためであるためこのポーズがいいというものは無い。自分の体が求めるポーズを追い求めるのがヨガである。その自分が求めるものを感じることができるように講師が一つ一つを教えてくれる。ゆえに最終的な講師は自分自身である。

ビギナークラスとして初歩の基本を学んだ。簡単なポーズと呼吸法。思考から欲望を流しだす方法を教わる。過激なポーズなどはあくまでもその基本の延長。大事なのは自分の中にあると。そしてまわりの自然や人、地球や宇宙と調和するということ。人間とは地球に生きるただの一生物である。その存在を認識し人生を歩む。

ご飯を食べる。異国でのご飯もまた新鮮である。また出会いもあった。客引きの若い男に導かれレストランへ。そこでその客引きのソルティーとまたいろいろな話をする。21歳の彼は言った。「明日死ぬかもしれないんだぜ。やりたいことを今しておかないといつするんだよ」。夢はあるのかと聞くと「俺もいつかこんなレストランをやりたいんだ」「場所はここではなく生まれ育ったここに似た自然の溢れる街で」。たばこや煙をふかし、ガンガーと山を眺める。ここで一つのヒンドゥー語を教わった。「シャンティー」という幸せな言葉。「ゆっくりと落ちついて」「気楽にいこうよ大丈夫だから」というような意味である。いろいろなことを心配に思い大丈夫かと問いかかる俺に彼は繰り返し「シャンティー、シャンティー、シャンティー」と言った。

宿に戻るとオーナーである講師は自身でヨガをしていた。しかも俺に教えてくれた基本のポーズを繰り返して。基本が大事という言葉を何気ない瞬間に言葉でなく行動で見してくれた。うれしかった。彼の言葉に嘘は何も無かった。沈黙は金であった。

夜になると多くの人はやることを終える。店も閉まり始めご飯屋だけが灯りを灯す。またソルティーの元へ向かう。するとまた別のインド人を呼んでくれたいた。仲良くなった日本人がいるから一緒に飯を食おうと。そこでまたいろんな話が入り乱れる。人生の生きかたの話。インドの国の話。日本の話。リシケシの話。驚いたことにそこに来た一人はJTBの社員として日本に住んでいた。日本の駅の名前を沿線の順に俺に言う。妙な親近感が急に湧いてきた。その後インドに戻りヨガの修行をして講師となった。レストランで座っている間も姿勢は綺麗だった。直線と曲線が共存する姿。話した時間は短かった。しかし、この地に訪れてよかったと思い知らされる。

大自然と共に生きるリシケシ。そこに生きる人達。そこへ訪れる人達。また朝日は昇り夕陽が沈む。何も変わらない。変わるのは人間の気持ちと行動だけ。

リシケシを後にしネパールへ向かう経由のためにデリーへ向かう。またデリーかと少し憂鬱になりながらTHCを枕に目を閉じる。さまざまな思いと出会いが脳内を駆け巡る。夢のようなインドの旅の中で夢に落ちる。目が覚めればまた第五幕へ向けてステージは進む。

インド vol.3

デリーからリシケシへ向かう。その道中にももちろん始まりからストーリーは平凡には進んでくれない。

駅からバスターミナルへ向かうたった600mほどの距離。その間を、自転車で客を乗せて走るリキシャというものに乗った。しかし、なぜか運転手はバスターミナルとは違う方向へ進む。「方向が違う」と言うが、「お前の乗るバスはこっちで一回チケットを買わなければならない」と言い張る。「おかしいから降りる」と降りようとするが、「こっちであってるんだもうすこしで着く」と言って回り出した車輪を止めようとはしない。「俺は知ってるんだ、バス停はあっちでこの方向にバス停は無い」と再び降りようとするが、「俺を信じてくれ、こっちにバスのチケット売り場があるんだ」と。

たどり着くとそこにやはりバス停はなくあるのはいかにも怪しいツアーチケット販売事務所。看板にはバスチケット、飛行機チケット、タクシー手配などの文字が書かれている。中はデスクと椅子があるだけのインドにしては小綺麗な狭いオフィス。このバスに乗りたいと時間と目的地とバスの車種の書いたメモを見せると「それだと1000ルピーだ」と言われる。インターネット調べた公式ページの料金は600ルピー程。時刻表や案内のカタログなどなくただただ口頭で言われるだけ。こうなるとわかっていたのだがなぜか途中からこの光景を味わいたいと思い始めていた自分がいた。これがインドなのだ、デリーなのだと言わんばかりの一連の流れ。その事務所の前には俺を乗せた運転手のような男達がリキシャやトゥクトゥクと共にタムロする。全員が詐欺師に見える。この街は嘘でできているんではないかとも思える。

再びバスターミナルへ向かい、バス停で直接チケットを買う。むしろチケットは買う必要はなく乗ってから払っても大丈夫だと乗ってからわかる。しかし、乗りたかった少しグレードの高いバスは入ってしまった。仕方なくローカルバスでリシケシへ。7時間かかると聞き不安になるがそれに乗るしかない。

しかし、人生とはまさに巡り合わせだと思わされる。横に乗り合わせたインド人の男がまた俺にインドを味わわせてくれた。今回も嘘ばかりかと思ったが今度は助けてくれた。捨てるインド人あれば拾うインド人あり。バスの添乗員にリシケシまでのバス代を払うがお釣りはくれない。ヒンドゥー語で説明されるがわかるはずもなくお釣りの値段が書いた紙を渡される。横の男が「本当はその場でお釣りをもらえるまで要求しなければいけないが、今回はしっかり払ってもらえるように俺が言っておいたから降りる時にしっかりまたお釣りをもらうんだぞ」と間を取り持って英語で説明してくれた。お釣りは50ルピーだけだった、それでもこの国の人たちにとってはあれば助かる。

マヌージと名乗るその男は3時間ぐらい走ったところへ向かっていた。その3時間でインドでのあれこれを教えて貰った。マヌージは男前であった。ジョニーデップそのものかと見間違うほど似ていた。なぜか俺の旅に興味を持ち友達や親戚とコンタクトを取り俺の旅の案内をそいつにしてもらえるように頼んでくれている。俺はまたインド人の嘘と騙しの螺旋に入り込んだかと思った。結局案内人に会うことは無くそれが嘘だったのかは結論は出なかったが少なくとも一人のインド人として男として俺に親切にしてくれたと感じた。

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家族のこと、カーストのこと、インド人のこと、観光客を騙すデリーの人たちのことなどを、荒れたオフロードを走るバスで共に体を揺らしながら話した。日本はどんな国なのかも話し、お互いの生まれ育った国の間違い探しを二人でしていた。バスの休憩所ではコーヒーとスナックとタバコをおごってくれた。ホストとしてゲストをおもてなすする。その心はインドにもやはりあるんだと嬉しく思った。

そのまま俺の目的地まで一緒に行ってやりたいが嫁と子供が寂しがるといけないのですまないがここで降りるよ、と名残惜しかったが別れた。マヌージとの出会いに感謝しながら無事目的地リシケシにたどり着く。ひとつの目的地に着くだけで一安心。やはり異国の地、特にインドでのひとつひとつは体験として多くのものがあると感じた。

バスターミナルからそのメインのところまでまたトゥクトゥクに乗らなければならない。いうまでも無くバスターミナルに群がるハイエナが押し寄せてくる。また値段交渉。本当なのか嘘なのかわからない。とりあえず一旦断ると値段を下げてくる。日本人の営業マンは一度インドで営業をしてみれば最高の実習になるんではないかとも思う。

聖気に満ち溢れる山に囲まれ、ガンジス川の上流が流れるリシケシ。そのガンジス川にかかる橋ラクシュマン・ジュラという橋のふもとに行けばいいとナヌージが教えてくれた。そこでゲストハウスを見つけなんとか寝床にありつけた。なんとそのゲストハウスのオーナー自身がヨガの講師だった。明日は念願のヨガの聖地でのヨガレッスン。嘘ともてなしの両面が第三幕では入り乱れた。

インド vol.2

選ばれた役者はさらにこの演目に追加される。だがまだほんの序章。

ミーナはインドに住む日本人をまとめていた。異郷に導かれた日本人は誰を頼りにすればいいか分からず、雄大で有害なデリーの空気に馴染めずにいる。その道標となるアドバイスを求め多くの日本人が彼女を訪れる。

日本人会というチームがそこには作られている。日本人に関しての情報が集めれら、いかに生きるかという人間の本能と理性がそこには集まってくる。それをデリーという魔都市で生き抜くための戦略がそこでは練られる。運に恵まれた俺はリチャードにそこへ導かれた。

国家の経済力の指標として語られるGDP。国内総生産と呼ばれるそれは単に数字でしかなかった。インドが世界の経済の中心となるかもしれないと言われている現代。それはあくまでもGDPの上昇指数でしかなかった。多くのインド人は頭がよく、計算がよくできる。ゆえにインターネットやPCが発展した現代社会でその頭脳のニーズは高まった。もともと広大な土地に天然資源。多くの部族が集結した人口も申し分ない。しかもまさに若い世代の数が多い。高齢化社会の日本とは将来への期待値も違う。

しかし、これらはあくまでも机上の数字の話。現状はまだまだ発展途上。空港には観光客という餌に群がる飢えたハイエナが群がる。タクシードライバーたちにルールという概念はなく、料金はバラバラ。それでも目的地に無事着けばまだいい。結託したホテルへ連れていき別の旅行プランを組ませようと企んでくる。空港に着いた時からサバイバルは始まる。

嘘と欲望の渦巻く街。その中でうまく生きていくには情報と人脈が必要のようだ。その中で日本人会の存在は大きい。この国には廃止された、もしくは廃止されたと見せかけられた制度が残る。カーストは巨大なピラミッドであり定めである。生まれた時から人生のレールは敷かれている。日本のように敷かれているだけであれば本人次第でいつでも脱線し、新たな道や線路を作り出せるがこの国では自動運転の列車まで生まれながらにある。道から外れるには列車ごと捨てなければならない。

そしてここにこそ人の命を生きるという人生の感覚に違いがある。彼らはカーストや、敷かれたレール、自動運転の列車に対しての疑問があまり無い。というのもそこにカルマという概念がある。それは前世からの今世、今世からの来世、という思想の軸がある。つまり今世のこの身分やカーストはあくまでも今世のもの。来世ではまた別のカーストに、という思いから現世での人生の不遇に大きな違和感や疑問が退けられるように思考回路が形成されているようである。

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その中でどう生きるか。それがテーマの一つでもあるようだ。野球には野球の、サッカーにはサッカーのルールがあるように、インドでの社会にはインドのルールがある。これはもちろんどの国にもあるものだが、それが他の国に比べて極めて特異というだけなのかもしれない。

そんな社会の中インドのルールに理解を寄せその輪の中で生きるミーナを始めとする日本人達。生まれ育ち慣れ親しんだ日本社会という生活とは違う生活を選択し、日本人には厳しいインド在住を選ぶ。インドの社会において外国人というのはひとつの意味ではカースト外の扱いである。もちろん全員から無視されるわけではない。もちろん公式な見解としてはカーストは廃止されたわけでそんなわけではない。だが、未だに残る風習や慣習のなかではまだまだあり、結婚や職業においてのさまざまな問題が行く手を阻む時もあるようだ。

とにかく、首都デリーという街で活動としてはたった1日だったがそれでもインドという国を感じ、またインドに住む日本人達の感覚をわずかだが確実に共感した。

もうひとつの今回のインドの旅の大きな目的のひとつにヨガがあった。それもリチャードの導きで日本人インストラクターに出会う。インドで修行した彼女のレッスンは日本で受けるそれとはやはり一味も二味も違う。本質の部分に訴えかけるものがあった。日本でのヨガの多くはシェイプアップやダイエットもしくは健康法のひとつとしてという感覚を多く感じる。しかし深い精神観やカルマ、ヒンドゥー・仏教が広まった国として悟りを開くステップとしてのヨガという概念を感じた。

体と心。これを感じるためのヨガ。あくまでもダイエットなどは副産物。それよりも精神の奥や人間という存在の深淵へ潜るためのひとつとしてのヨガ。生きるということで生まれるカルマやストレスを解き放ち人間として生まれた生を全うする。そういった本質に迫るものがある気がする。

デリーを後にし、インドでのもうひとつの目的にリシケシへと帆を向ける。第三幕はヨガの聖地と言われ、世界中からやインド内から多くのヨギーが集まるそこへ。そこには自然と共に生きる人間がいた。朝日と共に目覚め闇と共に眠る。そんな生活になかに溶け込み、日本の社会との違いをまたまざまざと見せつけられた。

インド vol.1

いつもと変わらない日常生活を送る。昼が顔を覗かせ、また夜が眠る。知らず知らずに体にまとわりつき、シャワーでは落としきれないアカが溜まる。いつもの道を通り、いつもと変わらない場所にたどり着く。しかし、知らない世界を知る事で、見た事の無いものを見る事で、新しい自分を発見しそのアカを落とす。

そしてまた日常生活に戻る。するとその日常生活を送るメインキャストである自分の演技の幅は広がりを見せ、深みと味のある新たなパフォーマンスを見せるのではないかと思う。旅とはそんなスパイスをあたえてくれるものではないだろうか。


さまざまな場所へ人と旅立たせる発信基地から今回は東洋の異郷インドへ。インドで5泊し、世界の聖地ヒマラヤの麓の神秘の国ネパールへ2泊。約1週間のアジアの精神世界に飛び込む短い物語が始まった。

1泊目のホテルだけを押さえる。そのあとは導かれるままに過ごす。インドでの大きな筋書きは、首都デリーに一泊し、あとはリシケシに。現地の言葉でガンガーと呼ばれる世界的に有名なガンジス川の源流に近い街。山を2、3超えればヒマラヤという自然の中に生まれた観光地。世界中からその自然を見に、またはインドが発展させ昇華させたヨガを学びに人が集まる。

人類の歴史とは旅の歴史かもしれない。それは侵略でもあり、交易である。人が生まれ、人が集まり、街が生まれ、大きくしようと横の街を訪れる。そして自分の領土として侵略しその土地にしか無いものを得ようとする。しかし、知らない地を訪れる人々を必ず待ち受ける不思議がある。それが出会い。

旅は道連れ世は情け。

旅とはさまざまなトラブルや問題が必ず起きる。そのさまざまを共に経験するパートナーや、また乗り越えさせてくれるガイドがいれば旅が充実したものになる。そしてこの世は人情に溢れたいいものであると再確認できるという言葉。

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今回は残念ながら一人旅。そもそも、インドへ旅行に行くという事が今の日本では他の国に比べれば不人気みたいである。しかも精神世界の発展を見たいという旅の目的から自然に一人で行く流れになった。ゆえに道連れになってくれる相手を探すことは難しかった。そして一人で行きたいという傲慢もあった。

だが、世は情けという言葉は真実だと身を持って体験した。行く先々でさまざまな人が何もできない赤子の自分をあやしてくれた。人のつながりとは不思議なもので、インドへの旅が決まってから新たな縁が自分を導く。インドに住んでいたという人物に出会い、現地に住んでいる日本人を紹介してくれた。

デリーに着いた翌日、その日本人が親となって自分を世話してくれた。親とは本来自分の血が繋がった子供に対して無償の愛を注いでくれる存在。赤の他人である自分になぜかよくしてくれた。これこそが世は情けというもの。特に異郷の地を訪れた同郷の人間が困っているのを見ると自然に手を差し伸べたくなるのが人間なのかもしれない。その地をその時に訪れ、人と人が出会うという偶然がそうさせるのかもしれない。

とにかくリチャードと名乗るその日本人は何のコンパスも持たない自分のインドでの旅に指針を与えてくれた。安全な食べ物を与えてくれ、見るべきものを見してくれ、住むべきところを探してくれた。そこには感謝しかなく、ありがたい。施しは目に見えるものではなく、形に変えることは難しい。それを言葉にするには、言葉がなんと安っぽいものかと思ってしまうほどである。

しかしその恩は確実心に刻まれ、自分の明日からの人生の土台の糧となる。人生とはその恩返しの旅なのかもしれない。親に対しての、友人に対しての、恋人に対しての、自分に施してくれた赤の他人に対しての恩を返していく物語。本人に返す恩もあれば別の人間や団体に返すものなのかもしれない。だから人は人に優しくなるのかもしれない。その人生に苦難と恩恵があればあるほどに。

とにかくインドの始まりであるデリーの街は、リチャードの導きでインドという文化を知ることができた。もちろんその国の全てを知ることは住んでいても不可能。だがその片鱗や大枠を味わう事ができた。とにもかくにも短い旅の第一部が歓声と共に幕を開け、リチャードという名司会者が旅のシナリオにスパイスを与える脚本に修正を加えた。

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