ベソブログ

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高野山

日本が世界に誇る多くの世界遺産。富士山と並びパワースポットとして語り継がれる高野山。その高野山にはどんなパワーが隠されているのだろうか?

高野山というだけあり山がメインのスポット。不思議な点の始まりは山にいきなり街が現れるという事。普通の山道を上がっていくとポイントにさしかかったぐらいからいきなり大きくはないが街が現れる。山の中に。

ご飯屋やお土産やさん、中には理容院まである。大型の駐車場もあり駅もある。山の中に。

文豪司馬遼太郎の記念石碑がありそこにも書かれていた。
「山上はひしぎなほど平坦である。そこに一個の都市でも展開しているかのように、堂塔、伽藍、子院などが棟をそびえさせ、ひさしを深くし、練塀を連ねている。
 ー中略ー
大門の向こうは天である。山なみがひくくたたなずき、四季四時の虚空がひどく大きい。大門からそのような虚空を眺めていると、この宗教都市がじつは現実のものではなく、空に架けた幻影ではないかとさえ思えてくる。
まことに、高野山は日本国のさまざまな都鄙のなかで、唯一ともいえる異域ではないか。」

という石碑が一の橋という橋を渡り少し歩いたところにある。

街が山のなかにあるのが不思議である。これは幻ではないのかと思うほど。

そして進むとそこにあるのは、ただ、墓がある。墓、墓、墓。

確かにお寺といえばお墓はある。しかしこんなにもおびただしい数の墓がある場所はそうないのではないだろうか?

しかもその墓石に書かれている名前は只者では無い。織田信長、石田三成、豊臣秀吉、明智光秀・・・。かつて日本史を騒がし時代を作り上げた男たちの名前や太平洋戦争などで戦死した者たちの記念石碑まである。今の日本があるために生を全うした人々の魂がここに弔われている。

墓とは、誰かが死に、その人生を弔い、感謝し、供養するために、残された人々が作るもの。その墓がこの高野山に日本全国から集まっているのだ。もちろんみなが此処で没したわけでは無い。にも関わらずここに墓を建てたいと、残された人々が立てる。

その墓の森を抜けると36枚の板を組み合わせ作られた橋が現れる。この橋を越えると高野山の開祖弘法大師が開設1200年経つ今でもおられると立板に書かれている。

みな一礼しその橋を渡る。そして少しいくと、御廟が現れる。肉体なき今も魂はそこにおられる。と言われる。本当にいるのかどうかはさておきその雰囲気は神々しい。木々の生い茂る山上。そこにある墓と大きな木と墓を新たな住処とし生い茂る苔。君が代の一節を思い出す。「苔のむすまで」大きな何かに見守られて安らかに育つ木々と苔たちもここに弘法大師がおられると言っているかのようだった。

その墓には過去の偉人たちだけでなく、現代の大企業の社碑や個人の墓もある。事故や様々な戦争の記念碑もある。生きとし生けるものとして生を終えた人々が弘法大師に安らかに導かれるように願いを込められている。

人の生き死にと自然の豊かさを感じさせられる高野山。まだ訪れたことの無い人は開設1200年記念の今年に訪れるのも感慨深いものがあると思う。

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