ベソブログ

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マネーゲームのルールブック その1

お金というものの存在ほど人によって解釈が違うものは他にない気がする。

誰もが日常で使い、誰もが求め、誰もが知っているもの。

人間全員が知ってるものというのは世の中にどれくらいあるだろうか?
そんなお金こそ教育という場でどういうものかというのを教えるべきだと思う。

銀行その1の記事でおおかたは書いた。そのお金が今世界的にまた大きな動きとなっているのでこの9月の初めに取り上げてみたいと思う。

今問題になってるのが、株価。そもそもの疑問が、なぜお金の問題が株価の問題になるのか。それはお金を増やす方法に株という実体の無い架空の商品を生み出したのが始まり。

お金の始まりは文字通り、金。鉱山から掘り起こし精製して生まれる自然鉱物の金。光り輝くその物質は誰しもの共通の価値と成り得る存在となった。その金に値段をつけ、その値段に見合ったお金という概念を作り出した。それによって物の交換がしやすくなり交流が爆発的に発展した。

つまり本来お金とは、金との引換券。これを金本位制という。しかし、今の世の中のお金にこの考え方はほとんど残っていない。9割、もしくはそれ以上の人はお金が金の引換券とは思っていない。その背景には今のお金の仕組みを作り上げた人の思惑がある。

金の量には限りがある。なぜなら自然から作られる物だから。自然は有限である。どれだけ人が増えようが科学技術が発達しようが限りがある。しかし、権力者たちはもっともっと欲しい。その欲望は無限。権力者以外の人も同じ。もっと欲しい。そこでやってはいけない考え方が生まれる。金の引換券としてのお金という概念をとっぱらってしまおうと。

今のお金は一言で言うと、借用証書。例えば1万円札なら日本銀行が出した1万円の価値があるという信用が裏付けられているただの紙。本来なら1万円分の金と変える事の出来る紙のはず。だが、今では1万円という価値と引き換えに日本銀行が出した紙を各銀行が借り入れ、それを企業が借り入れる。つまり日本銀行が作った借用証書を銀行に渡し、その証書をお金として使う事で世の中が回っている。

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