ベソブログ

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インド vol.2

選ばれた役者はさらにこの演目に追加される。だがまだほんの序章。

ミーナはインドに住む日本人をまとめていた。異郷に導かれた日本人は誰を頼りにすればいいか分からず、雄大で有害なデリーの空気に馴染めずにいる。その道標となるアドバイスを求め多くの日本人が彼女を訪れる。

日本人会というチームがそこには作られている。日本人に関しての情報が集めれら、いかに生きるかという人間の本能と理性がそこには集まってくる。それをデリーという魔都市で生き抜くための戦略がそこでは練られる。運に恵まれた俺はリチャードにそこへ導かれた。

国家の経済力の指標として語られるGDP。国内総生産と呼ばれるそれは単に数字でしかなかった。インドが世界の経済の中心となるかもしれないと言われている現代。それはあくまでもGDPの上昇指数でしかなかった。多くのインド人は頭がよく、計算がよくできる。ゆえにインターネットやPCが発展した現代社会でその頭脳のニーズは高まった。もともと広大な土地に天然資源。多くの部族が集結した人口も申し分ない。しかもまさに若い世代の数が多い。高齢化社会の日本とは将来への期待値も違う。

しかし、これらはあくまでも机上の数字の話。現状はまだまだ発展途上。空港には観光客という餌に群がる飢えたハイエナが群がる。タクシードライバーたちにルールという概念はなく、料金はバラバラ。それでも目的地に無事着けばまだいい。結託したホテルへ連れていき別の旅行プランを組ませようと企んでくる。空港に着いた時からサバイバルは始まる。

嘘と欲望の渦巻く街。その中でうまく生きていくには情報と人脈が必要のようだ。その中で日本人会の存在は大きい。この国には廃止された、もしくは廃止されたと見せかけられた制度が残る。カーストは巨大なピラミッドであり定めである。生まれた時から人生のレールは敷かれている。日本のように敷かれているだけであれば本人次第でいつでも脱線し、新たな道や線路を作り出せるがこの国では自動運転の列車まで生まれながらにある。道から外れるには列車ごと捨てなければならない。

そしてここにこそ人の命を生きるという人生の感覚に違いがある。彼らはカーストや、敷かれたレール、自動運転の列車に対しての疑問があまり無い。というのもそこにカルマという概念がある。それは前世からの今世、今世からの来世、という思想の軸がある。つまり今世のこの身分やカーストはあくまでも今世のもの。来世ではまた別のカーストに、という思いから現世での人生の不遇に大きな違和感や疑問が退けられるように思考回路が形成されているようである。

IMG_3452.jpg

その中でどう生きるか。それがテーマの一つでもあるようだ。野球には野球の、サッカーにはサッカーのルールがあるように、インドでの社会にはインドのルールがある。これはもちろんどの国にもあるものだが、それが他の国に比べて極めて特異というだけなのかもしれない。

そんな社会の中インドのルールに理解を寄せその輪の中で生きるミーナを始めとする日本人達。生まれ育ち慣れ親しんだ日本社会という生活とは違う生活を選択し、日本人には厳しいインド在住を選ぶ。インドの社会において外国人というのはひとつの意味ではカースト外の扱いである。もちろん全員から無視されるわけではない。もちろん公式な見解としてはカーストは廃止されたわけでそんなわけではない。だが、未だに残る風習や慣習のなかではまだまだあり、結婚や職業においてのさまざまな問題が行く手を阻む時もあるようだ。

とにかく、首都デリーという街で活動としてはたった1日だったがそれでもインドという国を感じ、またインドに住む日本人達の感覚をわずかだが確実に共感した。

もうひとつの今回のインドの旅の大きな目的のひとつにヨガがあった。それもリチャードの導きで日本人インストラクターに出会う。インドで修行した彼女のレッスンは日本で受けるそれとはやはり一味も二味も違う。本質の部分に訴えかけるものがあった。日本でのヨガの多くはシェイプアップやダイエットもしくは健康法のひとつとしてという感覚を多く感じる。しかし深い精神観やカルマ、ヒンドゥー・仏教が広まった国として悟りを開くステップとしてのヨガという概念を感じた。

体と心。これを感じるためのヨガ。あくまでもダイエットなどは副産物。それよりも精神の奥や人間という存在の深淵へ潜るためのひとつとしてのヨガ。生きるということで生まれるカルマやストレスを解き放ち人間として生まれた生を全うする。そういった本質に迫るものがある気がする。

デリーを後にし、インドでのもうひとつの目的にリシケシへと帆を向ける。第三幕はヨガの聖地と言われ、世界中からやインド内から多くのヨギーが集まるそこへ。そこには自然と共に生きる人間がいた。朝日と共に目覚め闇と共に眠る。そんな生活になかに溶け込み、日本の社会との違いをまたまざまざと見せつけられた。

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